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私が生きた証

先日の徹子の部屋にしょこたんが出てました。
何かと名前は聞きますがあんまりちゃんと見たことありませんでした。そもそもテレビとかあんまり見ないので誰によらず芸能人って見分けがつかないんだ。

美しい日本語を愛する身としては(美しい日本語が使えるとは別物)のりぴーの時代から、妙な言葉を作り出す人に拒絶反応とまでは言わないけど、住み分けたいと思うタチです。でも別にしょこたん嫌いじゃないですよ(そもそも見分けがつかない程度の認識だからね)
オタクを前面に出すのはどうかー!?と最初は思ったけど。
でも話は簡潔で筋が通ってて周囲への感謝も忘れず、周りが見えないオタクでもなく理屈っぽいオタクでもなく知性が感じられました。
元々はオタクの例にもれずおとなしい暗い目立たない子だったそうですが、好きなことを追求していくといろんな形で開花するもんですね。
で、心に残ったのが「生きた証を残したい」という言葉。歌ったり絵を描いたりするのは自分を表現するというだけでなく自分が生きた証を残したいからなんですね。
以前図書館で読んだ本に「足跡(そくせき)を残す」という言葉がありました。第二次世界大戦時のドイツ人の少女とポーランド人の少年の恋の話なんだけど、彼が言ったこの言葉がすごく心に残っているのです。
自分は何のために生まれてきたのかを考えさせられる本でした。侮れないぞ児童書!

ものづくりというのは自分を表現することだと思ってたけど、何かを残すことでもあるんだなあ。
自分を表現するということは自分の思いを伝えること。100%正しく伝たい。けど足跡を残すというのは相手の解釈に任せる部分が多分にあるのでしょう。そこから何を読み取っても受けとる側次第。
作者はそういう意図で書いたのではないかもしれない。けど受け手が何かを読み取って糧にするならそれも大いに作品としての意義があると思います。
自分の思っても見ないメッセージを読み取ってくれて、誰かの何かのきっかけになったりしたら嬉しいだろうなあ。
自分の生きた証が何かは人それぞれです。音楽だったり、絵だったり、写真だったり、文学だったり、人を助けることだったり、人を育てることだったり、歴史に残る大発見だったり研究だったり。
人生って結局自己満足だよね。どんな偉業を成し遂げて表彰されたとしても自分が納得していなければ幸せとは言えないだろうし、周りからどんな不幸に見えても自分が満足する何かがひとつでもあれば幸せと思う人もいるし。
笑って死ねる人生を送りたいですなあ。

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コメント

sunコンバンワ、ゴブタサでっす\(^O^)/

そーです、生きている以上は良い人生を送りたいし、悔いの無い気持ちで死んで行きたいですねえ!

ところで今週末31日(土)17:00~から、植田の駅前にまた一つ小生の足跡(ライブ)を残します。
お暇してたら見に来て下さい。。

ふぇんだーすとらときゃすたー56さん>
コンバンハ。
夏祭りですね!妹が動けたらぜひ一緒に聴きに行きたいです!一人だと松葉杖なのでーsweat02
今年は晴れるといいですね!

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